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山形発!長編ドキュメンタリー映画『湯の里ひじおり-学校のある最後の1年』は、山形県大蔵村肘折温泉の1年を記録しました。故郷、地域に暮らすことの愛おしさが伝わってきます。心が癒され、元気がでてくる映画です!!
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2017/12/11 (Mon)
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2009/07/14 (Tue)
渡辺智史監督がメルマガneoneoにつづる「『湯の里ひじおり―学校のある最後の1年』が出来るまで」。
連載第2回は、実際の撮影の模様がつづられます。

ドキュメンタリー映画の最前線メールマガジンneoneo
http://homepage2.nifty.com/negri-project/neoneo/


 『湯の里ひじおり―学校のある最後の1年』が出来るまで(2)

渡辺 智史



●撮影が始まった

『湯の里ひじおり―学校のある最後の1年』には、数々のドキュメンタリー映画と劇映画を撮影してきた、堀田泰寛カメラマンが一年間携わってくれました。私は演出と現場進行と現場録音を兼任し、撮影助手の遠藤協と3人体制で撮影に臨みました。
撮影が始まった当初、プロデューサーの飯塚俊男は「村の一年を記録するというのは、ドキュメンタリー映画の王道だ。」と、かつて小川プロが山形の牧野村で定住して撮影した時、小川紳介監督とスタッフだった飯塚さん達が、村の人々とどのように関わってきたのかについて語ってくれました。「ドキュメンタリー映画の王道」とは、被写体と長い時間をかけた関係の構築なのだということでした。それは、かの有名な映画作家ロバート・フラハティが『極北のナヌーク』というエスキモーの映画を、寝食をともにして描いたことに象徴される話なのだと思います。
私たちスタッフは、定住ではなく、3日から長いときは10日程のロケを10回行い、2ヶ月近い撮影期間になりました。定住して撮影するというスタイルでありませんでしたが、本当に贅沢な撮影期間でした。

この映画の当初の企画としては、湯治文化を民俗的な側面や、文化的な側面からしっかりと描こうというものでした。湯治客は、かつて1週間から2週間は当たり前で、一ヶ月滞在する人々も居ました。農業、漁業で酷使した体を、お湯でゆっくりと癒し、友人達や出会った湯治客とお茶飲み話に興じ、心身共にリラックスして再び厳しい肉体労働に勤しんだそうです。現代は専業農家は減って会社務めの人が増えたことで、多くの農家は長期での休暇は取ることができず、高齢化した専業農家の人々が肘折の湯治客の中心です。湯治客の高齢化、人口減少と少子化によって集落全体が高齢化していくという現状を知れば知るほど、湯治文化を描くだけでは映画にならないのではないかと思いました。
学校が閉校する最後の一年で、この地域の何を語るべきなのか、撮影をしながらの模索が始まりました。

肘折温泉は、江戸時代から続く36人衆という契約講が残っています。彼らがお湯の権利を長年守ってきたことで、外からの資本が流入することがありませんでした。
そのことで観光地化した温泉地とは異質の、湯治文化が残ってきました。毎年訪れる湯治客は親戚のようだと旅館や商店の人々は言います。長年通う湯治客に対して血の通ったもてなしをする地元の人々の姿、湯治場に通う人々の何気ない所作や会話によって湯治場の独特の雰囲気が醸し出されています。その雰囲気をどのように撮影するのか、堀田カメラマンとともに、湯治宿を訪れては湯治客の会話に聞き入り、湯治場のリズムに身をゆだね、撮影を繰り返しました。そしてラッシュを観ながら、飯塚さんも交えての議論が繰り返されました。「湯治というのは何もしないことなんだから、何かしている様子ばかりではなくて、寝ているところを撮ろうよ!」「隣の部屋を借りて、スタッフが湯治客として交流してみようよ!!」と様々な意見がでました。そして湯治客の入浴を記録する時は、堀田さんが湯につかりながら接近して撮影したり、茶飲み話をじっくり聞きながら、撮影を始めるなど、湯治場の独特の雰囲気を捉えようと試行錯誤の連続でした。

一方で堀田泰寛カメラマンは、芥川賞作家で「月山」という小説を書いた森敦の遺作、「われ逝くもののごとく」という万物流転が主題の本を熟読していて、月山信仰の里である肘折という風土に強い関心を抱いていました。月山信仰が、現代の暮らしの中にどのように繋がっていくのか探ってみようという、強い思いが堀田さんから伝わってきました。

月山は祖先の魂が帰る場所として古くから信仰されてきました。それが山岳信仰の原型だと言われています。原始的な宗教観を体現したかのような、月山山頂での火祭り、柴燈祭はお盆に行われます。
卒塔婆を焚き天空の霊を呼び寄せ、里に送るという儀式です。肘折温泉や月山の麓の集落では迎え火を焚き、月山から降りてくる祖霊と一緒にお盆を過ごす姿が連綿と続いてきました。月山信仰の原点は、「魂の再生」を信じることなのです。

一見すると、現代の直面する問題とは無関係な信仰の世界。しかし堀田さんと共に私が抱いた思いは、肘折が抱えてきた大きな世界観に立ち返って、現代を見つめてみようじゃないかということでした。学校の閉校という、過ぎ去る出来事を感傷的に見つめるのだけは避けたいと思っていました。集落は老いていくけれども、湯治場の暮らしを見つめるなかで地域再生の可能性を探りたいと思いました。そして撮影を通して地元の人々と出会うなかで、その直観が具体的になっていきました。修験者に頼まれて、お堂を掃除し続けた来た老婆の話、最後の先達の子孫が亡妻を想い唱える祝詞の音色、地域の人々も湯治客と同じように湯によって癒されていく様子を撮影しながら、老いの豊かさが肘折の人々から伝わってきました。人々の心の奥行きは、月山信仰の風土と湯治場という環境によって培われてきたものだと想いました。老いを見つめ、生命の豊かさを知る。さらに地域に魅力を感じて戻ってきた若者達と出会う中で、地域再生の糸口を見つけることができたのです。その時、この映画のテーマは「老いと再生」であると確信しました。次回は、撮影を通して人々と出会う過程で映画の物語がどのように形づくられていったのか、さらに編集作業でのエピソードを書きたいと思います。
(つづく)

上映情報;
☆『湯の里ひじおり―学校のある最後の1年』はこの6月より山形県最上地方を皮切りに、全国各地にて上映いたします。現在までに決定している上映は下記の通りです。

最上上映:6月から、山形県最上郡および新庄市の8市町村にて上映予定東京上映:7月23日(木)24日(金)25日(土)
江東区文化センター(東西線東陽町駅から徒歩5分)
  
http://www.kcf.or.jp/koto/map.html 
      連日 開場18:30~ 上映19:00~
前橋上映:8月21日(金)22日(土)23日(日)シネマまえばし
鶴岡上映:8月29日(土)鶴岡市中央公民館
      第1回 開場13:00~ 上映13:30~
      第2回 開場18:30~ 上映19:00~
前売り券1000円  当日券1500円  小中学生800円
※上映等のお問合せ:03-3555-3987(肘折の映画を支援する会事務局)
または、各地の上映実行委員会へお願いします。
映画「湯の里ひじおり―学校のある最後の1年」を支援する会ブログ:
  
http://hijiorieiga.blog.shinobi.jp/ 
予告編: 
http://www.youtube.com/watch?v=VtHPw_5ewy 


■渡辺 智史(わたなべ・さとし)
監督。1981年山形県鶴岡市生。東北芸術工科大学在学中に東北文化研究センターの民俗映像の制作に参加。2002年『関川のしな織り』で撮影を担当。03年山形県村山市の茅葺集落五十沢の1年を追う。上京後イメージフォーラム附属映像研究所に通う。
05年アムール入社し飯塚俊男に師事する。06年障がい者が参加する第九合唱を描いた『An Die Freude 歓喜を歌う』で撮影・編集。07年『映画の都 ふたたび』で撮影。08年3月フリーとなる。
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上映日程
芸術と食欲と温泉の秋。つくば上映は2010年11月21日(日)筑波学院大学にて!
プロフィール
HN:
肘折の映画を支援する会
性別:
非公開
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