山形発!長編ドキュメンタリー映画『湯の里ひじおり-学校のある最後の1年』は、山形県大蔵村肘折温泉の1年を記録しました。故郷、地域に暮らすことの愛おしさが伝わってきます。心が癒され、元気がでてくる映画です!!
監督・渡辺智史が山形新聞に寄稿した記事【映画「湯の里ひじおり-学校のある最後の1年』を制作して】を転載いたします。
6月20日から山形県最上地方での上映が始まるにあたって、監督が映画への想いを述べました。
映画「湯の里ひじおり-学校のある最後の1年』を制作して
監督 渡辺智史
2009年5月10日、完成したばかりの映画『湯の里 ひじおり~学校のある最後の一年~』は、肘折温泉で地元の人々に披露された。会場が肘折の人々の笑いと涙に包まれた時、この映画がようやく産声をあげたという実感がこみ上げてきて胸が熱くなくなりました。
山形県大蔵村肘折温泉は、出羽三山の主峰である月山の登り口として栄え、白装束を来た大勢の行者が訪れました。今では東北有数の湯治場として知られている、人口400人程の温泉地です。肘折は歓楽型の温泉地ではなく、農家の人々が訪れ静養する湯治場としての風情をしっかりと残しています。旅館と商店は一つの通りに面し、長期滞在の湯治客が浴衣姿で出歩く姿があり、地元の人や湯治客同士で会話が始まると、すぐに笑い声が聞こえてきます。
地域全体で客をもてなす湯治場の魅力に惹かれた私は、肘折温泉の暮らしを記録しようと決意しました。同じ時期に肘折小中学校が閉校することが決まり、学校がある最後の一年を記録してほしいという肘折地区の協力を得て撮影がスタート。しかし実際に撮影が始まり、湯治場の独特の魅力と、閉校するという現実をどのように描いていくのか悩みました。シナリオ通りにいかないのがドキュメンタリー映画。頭の中で描いただけでは、生身の人間が生きている世界に迫っていくことはできません。少子化による閉校という現実を前に、映画を作ることは何なのか自問自答をし、スタッフと議論を繰り返しました。
撮影が進むにつれて、ふたつの現実が見えてきました。一つは学校閉校に象徴されるように、少子高齢化で集落が老いていく現実。一方で湯治文化という地域の誇りに魅力を感じる若者達が故郷に戻ってきている現実です。肘折には江戸時代から続く36人衆という契約講があり、大切な湯を受け継ぎ守ってきました。昔からの慣習を守り続けたことで、湯治客と地域の人の生活が織りなすような湯治場の仕組みが残っているのです。その湯治場に魅力を感じている若者達と出会うなかで、肘折の物語が浮かび上がってきました。
6月20日から山形県最上地方での上映が始まるにあたって、監督が映画への想いを述べました。
映画「湯の里ひじおり-学校のある最後の1年』を制作して
監督 渡辺智史
2009年5月10日、完成したばかりの映画『湯の里 ひじおり~学校のある最後の一年~』は、肘折温泉で地元の人々に披露された。会場が肘折の人々の笑いと涙に包まれた時、この映画がようやく産声をあげたという実感がこみ上げてきて胸が熱くなくなりました。
山形県大蔵村肘折温泉は、出羽三山の主峰である月山の登り口として栄え、白装束を来た大勢の行者が訪れました。今では東北有数の湯治場として知られている、人口400人程の温泉地です。肘折は歓楽型の温泉地ではなく、農家の人々が訪れ静養する湯治場としての風情をしっかりと残しています。旅館と商店は一つの通りに面し、長期滞在の湯治客が浴衣姿で出歩く姿があり、地元の人や湯治客同士で会話が始まると、すぐに笑い声が聞こえてきます。
地域全体で客をもてなす湯治場の魅力に惹かれた私は、肘折温泉の暮らしを記録しようと決意しました。同じ時期に肘折小中学校が閉校することが決まり、学校がある最後の一年を記録してほしいという肘折地区の協力を得て撮影がスタート。しかし実際に撮影が始まり、湯治場の独特の魅力と、閉校するという現実をどのように描いていくのか悩みました。シナリオ通りにいかないのがドキュメンタリー映画。頭の中で描いただけでは、生身の人間が生きている世界に迫っていくことはできません。少子化による閉校という現実を前に、映画を作ることは何なのか自問自答をし、スタッフと議論を繰り返しました。
撮影が進むにつれて、ふたつの現実が見えてきました。一つは学校閉校に象徴されるように、少子高齢化で集落が老いていく現実。一方で湯治文化という地域の誇りに魅力を感じる若者達が故郷に戻ってきている現実です。肘折には江戸時代から続く36人衆という契約講があり、大切な湯を受け継ぎ守ってきました。昔からの慣習を守り続けたことで、湯治客と地域の人の生活が織りなすような湯治場の仕組みが残っているのです。その湯治場に魅力を感じている若者達と出会うなかで、肘折の物語が浮かび上がってきました。
児童が減り、使われない楽器が学校の音楽室に眠っていていました。その楽器で若者達がブラスバンドを結成し、最後の閉校式で演奏することになったのです。20代、30代のブラスバンドのメンバーと話しながら、肘折は再生しつつあるのだと感じました。
彼らの言葉から、湯治場の暮らしを愛していることがひしひしと伝わってくるのです。この気持ちこそが地域再生の糸口なのではないかと思います。八月の終わりの音楽室、十数年ぶりに吹いて音がうまくでないけど笑顔一杯で無邪気な若者達。撮影しながら、私もうれしい気持ちで一杯でした。
まだ雪深い3月の閉校式はブラスバンドの演奏で盛大に盛り上がり、会場には肘折の人々の活力が満ち満ちていました。人々の涙の笑顔を撮影し終え、地域の魅力は人の魅力が生み出すものなのだという、素朴だけど確かな実感が心に強く残りました。
映画では、学校や地域の行事での子どもたち、湯治場の営み、ブラスバンドの結成、月山の信仰世界が四季の景色と織りなして描かれています。そしてラストシーンは、説明的な描写をできるだけ少なくしようと努めました。観客それぞれが自分自身に引きつけて、この映画の物語の続きを想像してほしいと思ったからです。学校の閉校を悲観的に捉えるのではなく、ある希望を見いだしたいという思いで作った映画です。
彼らの言葉から、湯治場の暮らしを愛していることがひしひしと伝わってくるのです。この気持ちこそが地域再生の糸口なのではないかと思います。八月の終わりの音楽室、十数年ぶりに吹いて音がうまくでないけど笑顔一杯で無邪気な若者達。撮影しながら、私もうれしい気持ちで一杯でした。
まだ雪深い3月の閉校式はブラスバンドの演奏で盛大に盛り上がり、会場には肘折の人々の活力が満ち満ちていました。人々の涙の笑顔を撮影し終え、地域の魅力は人の魅力が生み出すものなのだという、素朴だけど確かな実感が心に強く残りました。
映画では、学校や地域の行事での子どもたち、湯治場の営み、ブラスバンドの結成、月山の信仰世界が四季の景色と織りなして描かれています。そしてラストシーンは、説明的な描写をできるだけ少なくしようと努めました。観客それぞれが自分自身に引きつけて、この映画の物語の続きを想像してほしいと思ったからです。学校の閉校を悲観的に捉えるのではなく、ある希望を見いだしたいという思いで作った映画です。
今後は県内各地で上映する予定で、鶴岡市と最上地方の市町村で上映の実行委員会が組織され、市町村の枠を超えた新たな連帯が生まれています。東京での上映は、在京の県人の方々から協力を得て準備が進んでいます。暗闇のなかで映画を観終わった後、親しい人達と語らい、涙や笑いを共有できるのが自主上映会の大きな魅力です。故郷、地域とは何か、映画を観た人同士が語り合うような上映会になればと思います。(2009年6月山形新聞掲載)
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芸術と食欲と温泉の秋。つくば上映は2010年11月21日(日)筑波学院大学にて!
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